今年の桜はこの雨で散るだろうか。春の長雨とか菜種梅雨という言葉があるように、春は雨が続くことがある。4月5日の本番のお天気はどうなるか。
武満さんには雨にちなむ作品が多い。そのことと無関係なはずだが、武満さんが関連すると雨の日が多い気がしてならない。
武満夫人の浅香さんが、徹さんの没後に荘村清志夫妻ら親しい仲間と集まって楽しく盛り上がっていたら、雨が激しくなり雷まで落ちたと笑いながら話してくださったことがある。2005年の徹さんの誕生日(10月8日)にワシントンのアメリカ議会図書館の主催で「武満徹室内楽コンサート」が開かれたときも雨だった。普通の雨じゃなかった。ドワーっと降り続け、とうとう会場の天井から下がるレトロで素敵な照明に水が溜まり始めてしまった。元ジャパン・ソサエティのピーター・グリリさんと私は顔を見合わせ「rain coming!」と笑った(武満作品のタイトル)。武満さんが海外で温かな交友をされたから、日本人の私が武満さんネタで海外の人と打ち解けられると感じることがある(MLBでの大谷翔平選手の存在は似た例だと思う)。
さて、深見まどかさんのコンサートは3部構成。
【第1部】は武満作品に入る前の前奏。武満が好きな作曲家として名を挙げたことがあるモンポウ、ショパン、ドビュッシーが演奏される。武満が清瀬保二と出会った頃に広がった音楽世界(まだ武満がメシアンを知らない時代)を体感しようという試み。武満作品を聴く耳を準備する前奏ともいえる。選曲はまどかさんによる。【第2部】は出版されている中でもっとも初期の作品から武満さんが世界から注目されるようになった1970年代の作品。【第3部】はその後の円熟期の作品。オディロン・ルドンが黒から色彩画家へと変貌したように、武満さんも音のパレットを自在に使い色彩を豊かにしていった。
人は音を耳からだけでなく体全体の肌からも感知すると、いつだったか織田裕二さん出演のNHKの番組『ヒューマニエンス』で科学的に証明していた。ぜひライブで体感してほしいと思う。プレトークでは何を話そう。「武満さんの音楽は、俳句のように行間を読み解く感覚や、芭蕉の“言ひおほせて何かある”という美意識に通じるものを感じている」とまどかさんは言う。自分が京都育ちだからそう感じるのか、とも話していた。「音は自然の一部」「人間も自然の一部」とは武満さんーー。話が広がりすぎないようコントロールしなければ。

明日のお天気はどうなのだろう。いらしてくださる足元も気になる。ワシントンの時のようなことは起こらないでほしい。
「明日ハ晴レカナ曇リカナ」。それとも「雨ぞふる」?!
©2026 小野光子