連載第3回目(全14回掲載予定)

武満徹には「ピアノという楽器には悲しい思い出がある」と始まる「ピアノ・トリステ」と題されたエッセイがある。その題名通り、武満さんとピアノについて話すとトリステ(悲しく)なってしまう。前回はしんみりとしてしまったので、今回は武満さんとピアノの、ちょっと楽しい話について書こうと思う。

生前の武満徹を捉えた映像には、ピアノを弾いているシーンがいくつかある。昭和一桁生まれの武満の動画があるのはだいたい1980年代からで、武満の年齢からすると50歳代以降の映像ということになる。

自宅のピアノに向かうシーンはNHK制作の番組にある。作曲していると思いきや、ビートルズを弾いたり、ドビュッシーを弾いたり。それがまるで即興演奏のように、ある旋律がふっとビートルズの曲へと変わってゆく。そういえば1970年代に武満さんのアシスタントをしていた作曲家の池辺晋一郎さんも、武満さんが締切に追われて作曲していると思いきや、気づいたら呑気にビートルズを弾いている! と、驚いたことを書いたり述べたりしている。

武満さんは夜、バーへ出かけて友人たちと語らうことも多かったそうだ。馴染みの店のひとつに六本木のピアノ・バー「パッサ・テンポ」があり、ここでよくピアノを弾いたという。その姿を『Music for the Movies』(シャーロット・ズエーリン監督、邦題『光と音の詩 武満徹の映画音楽』)というアメリカで作られたドキュメンタリー映画に見ることができる。武満さんは店のグランド・ピアノに向かってふんわりとした音色で楽しそうにジャズを奏でている。傍らではフランス映画社の川喜多和子さんが笑顔で耳を傾けている。この映画の別のところでは、とある海外の観客のいないホールの舞台で武満さんがポロンポロンとピアノを弾くシーンもある。そこへ係の人が近づく。どうやらピアノを片付けたいみたいだ。でも武満さんはまったく、意に介さない。静かに楽しげにジャズを弾き続けるのだった。

深見まどかピアノリサイタル2026-武満徹ジャズイメージ

武満はさらりとジャズを弾くだけでなく、コードネームもスラスラと書けた。クラシックの作曲家の中では珍しいのではないか。遡れば武満の父親はジャズ愛好家だったし、戦後の日本は進駐軍によって街中にジャズが溢れ、その中で武満もジャズ関係の仕事をしていた。ジャズが禁じられた戦時中を除き、武満の体には幼少期からジャズが染み付いている。加えて1960年頃にはジャズの研究会を開くほど没頭していた。おそらく黛敏郎も戦後の一時期ブルーコーツで活躍した人だから武満のように、もしかしたらそれ以上にピアノでジャズを弾き楽譜を書けるかもしれないが、性質というか性格が違う気がする。

映像に残された武満は社会的地位を得た年齢の人だが、なんというか、なんのてらいもなく、自由にピアノに興じている。この自由さは武満徹という人の特質かもしれない。

【参考文献】
『武満徹著作集 第1巻』新潮社、2000年
DVD『NHKクラシカル 武満徹 ~マイウェイオブライフ~ ドキュメンタリー 作曲家 武満徹の軌跡』NHKエンタープライズ、2010年
DVD『Music for Movies: Toru Takemitsu』Kultur Video, 1994/2007