先日、まどかさんとお会いした。武満さんの音楽・美学と深い関わりがある「さわり」について、実際の音をまじえてピアニストと話したいと思っていた。「さわり」という音響については言葉で説明するより耳にした方がわかりやすいと思う。対話の内容はYoutubeにアップされているので、ご覧いただきたいと思う。

 対話のあと、補足するようにまどかさんからメールを受け取った。その文章は素晴らしい。上記映像でも最後に掲載されているが、映画のエンドロールのように瞬時に去ってゆくので、よかったら一時停止してゆっくり読んでいただけたらと思う。その一部を引用したい。

「どの現代音楽もリズムの正確さは大前提でそれぞれ違った難しさがありますが、武満さんの音楽は、音のや時間の伸び縮み、奏者の呼吸感も表現の核になるため、楽譜上の綿密なペダル指示・テンポ・強弱表記の裏には、倍音の生成と消失や、余韻、奏者の熱量まで含めた音楽設計をされているように思います。」

 私事で恐縮だが、音大に入って選択必修というある意味不可抗力による偶然の成り行きで三味線と出会った。今藤政太郎先生の音色は衝撃的だった。一つの音にして複数の音が束になっている美しい音色だと思った。「さわり」と呼ぶことを知った。日本に生まれ育ったにも関わらず、日本で育まれた音・音楽について何も知らずにきた自分にも驚いた。

 武満さんは「さわり」を「美しい雑音(ノイズ)」と呼ぶ。昭和51930)年生まれの人(武満)にとって、「さわり」のある音楽は身近だったのだろうか。少なくとも武満さんの父親は尺八を嗜み、育ての親である伯母さんは山田流箏曲の師範の資格をもつ人だった。

「さわり」は木と紙(障子)と草(畳)の空間で育まれた音響だ。もし日本が湿気の少ない気候だったら生まれなかっただろう。一方のヨーロッパは石造りの教会が築かれ、その響きの良い空間でハーモニーが生まれた。

「さわり」には出会った大学生の頃から関心があったが、20年ほど三味線を習い楽器の扱いに慣れてきたいま、急に古典曲と楽器の特性への理解が進んだように感じている。すると武満さんの音楽と言葉がスッとつながった。

そんな時期にまどかさんと出会えた。そして対話できて嬉しかった。私にとって、とても意義のある楽しい時間だった。

©2026 小野光子

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